私はアイディアを完成させるだけの奴隷だ

ポエムです。

ふと、アイディアはどこから降ってくるんだろうと思う。唐突に、寝る前とか、風呂入ってる時とか、自転車漕いでる時とかに雷のように降ってくる。こんなウェブサービス作ったら面白いんじゃないか。こんなフレーズ思いついた。こんな機械作ってみたい。
ほんとに時と場所を選ばずに降ってくるから、私はメモを手放せない。マルマンのクロッキー帳と、ポケモンの絵がついたキャンパスノート、そしてGoogle Keepには頭の中に降ってきたアイディアが無数に書き込まれている。
そして、そのアイディアを実現できるのは自分しかいない、という強い使命感と衝動感に駆られる。唐突に作り始めてしまうのだ。

そのモチベーションもそう長くは続かない。すぐに次のアイディアが降ってきてしまうからだ。そうすると、以前のビジョンは消えてなくなってしまう。それもいいけどね……でも今はこれがすごいと思うんだ、と。
私の制作物に、時間の掛かるものが少ないのはそれが原因だ。複数日にまたがる絵、長い曲やアルバム。そしてゲーム。

だから、私は、次のアイディアが降ってくる前にそれを完成させなければいけない。モチベーションが尽きる前に、と。粉骨砕身してモノを完成させる衝動に追われるのだ。
その過程はまるで夢を実現させようとしているような心地でやっている。というか、事実夢を実現させているのだ。脳内麻薬に引きずられながら私がやっていることは基本的にそれだ。

例えば、私が作ったポケモンメドレーはたった1週間で作り、その間にいろいろな人に頭下げてお願いして絵を募集し、もう1週間で動画を作っている。完成形でみんなが喜ぶことだけを考えて突っ走っていた。
ちくたくのアレンジは、ちくたく関連曲でDJやろうと思ったけど全く持ってなくて、クラブ向きのアレンジもそんなになかった。だから、自分で30分DJで流す分のアレンジを全部耳コピして作ってしまった。たった1週間で7曲も、だ。

時には、他人の仕事を聞いたときに完成形をひらめいてしまうこともある。そうすると、その仕事をほいほいと引き受けてしまうのだ。
だが、完成させるまでにはそれ相応の時間が掛かる。責任と締切が重圧としてのしかかった瞬間、自分の中からモチベーションを奪い、締め切りまでに間に合うビジョンが見えなくなり、絶望し、引き受けた自分を恨むのだ。

私は完成へのビジョンが見えてしまった瞬間に衝動に駆られる。そうするともう作らざるを得ない。嫌でも完成形と、それに周りの人々が喜ぶ姿が見えてしまう。
だが、そんな義務感で動いていては身が持たない。

結果的にオーバーワークは私の精神を歪ませ、きつい言動で周りの人を傷つけた。成功のビジョンだけ追い求めて、周りも見ずに自分勝手に動いている自分がいた。
人間として生きていくための最低限度の能力さえ捨てて、自分のことばかり考えていた。
いたたまれない私はその場を去った。

今では仕事は余裕のあるものしか引き受けないようにしている。確実に完成させられるようなものだけを8割まで無難に実行するのだ。
ある意味、妥協かもしれないが、それでも周りは十分喜んでくれることに気づいた。私はそれで満足することにした。
それは、私のビジョンに反するものだし、衝動を強く押さえつけるものだけど、それは自分だけで作るもので発散すればいい。
結果的に、今ではそれが私の周りの人を大切にすることに繋がっているんだと思う。
自分の脳裏にあるビジョンが正しい保証なんてないし、それを実現するために自分も周りも傷つけるのは間違っていると思う。

容赦なく降り注ぐアイディアに対して、最近はどれが実現可能なのか、どれにどのぐらい時間が必要なのか、という見積もりをきちんと行うようにしている。各工程で必要な時間と精神力(これ重要!)を計算し、どのぐらいの時期までならモチベーションが続くか、またどのぐらいの量ならばこなせるのかを、他の仕事も加味しつつ、優先順位をつけてやるようにしている。それでも、突然降ってくる衝動でやるべきことを忘れてしまうことはしばしばあるから、それは周りの人の助けを借りたりしているが。
自分がやるべきではないことをどんどん捨てることでだいぶ楽になったし、自分にしかできないことに精神力と時間を割けるようになった。
最近は、精神力を回復するためにゲームをやったりするのも無駄じゃないと思っている。
やりたくないけどやるべきことも、精神を余計に削るのではなくて、5割~8割ぐらいで妥協して出してしまうことも覚えた。

今は、自分のやるべきではないことを切って切って切り捨てて、それでも残る自分にしかできないことをやるようにしている。
それが私に与えられた今の目標だと思ってるし、その目標に向かって生きている今は十二分に幸せだと思う。

私がアイディアの奴隷であることに代わりはないけれど、ちゃんと休暇をもらえるようになったのが最近の嬉しい出来事だと思う。